秘密の遊び


「よーしパパいけない実験しちゃうぞー」
 露助の技術者はさう独語するように云つた。その目の前には、いたいけなチヨルノブイリ原発四号炉が、無知な地方労働者によって弄ばれた安普請で線の整わない体を晒してゐる。
「やだぁ! もう痛いのやだぁっ!」
 四号炉が泣き喚くのも構わず、技術者は徐に実験開始時刻を延期した。たちまち四号炉の内部は露助の見るも汚らわしいキセノンで満たされてゐつたのである。
「おやおや。中性子が少ないね。これじゃあお仕置きが必要だな」
「ひぎぃ」
 露助の卑猥な手つきは、炉心に挿入されていた制御棒を次々と引き抜いてゐつた。一本、また一本。四号炉の中で失われてゐた出力が見る間にぶり返して、溢れてゐく。
「……い」
 四号炉が、ふとなにごとかを呟いた。
「ん?」
「……してください」
「聞こえないってば。もっと大きな声で言ってくれないと」
 露助は決して聞こえなかつたのではない。ただヽこのチヨルノブイリを限界まで追い詰めたいとする技術者としての心が、彼をかうした嗜虐的な行為に走らせるのである。
「その……入れてください」
「きちんと言わないと分からないなぁ。何を何処に入れてほしいんだい?」
 最後の羞恥心までも捨て去つたのか、四号炉は堰を切つたかのやうに叫んだ。
「制御棒下さい! あなたのその太い制御棒を、このいやらしい黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉に突っ込んでくださいっ!」
「はいはい。よく言えました♪ じゃ、いくよー」
 露助の声と共に、制御棒がゆつくりと四号炉の中に埋められてゆく。その先端は空洞によつて歪となつており、それが冷却材と置換することにより、四号炉の反応はさらに高まるのであつた。
「っ……焦らさないで……ください」
「我慢できるよね? チェルノブイリちゃんはいい子だもんね?」
「そんな……」
「途中でイっちゃったらまたお仕置きだよ? わかったかい?」
「……はい」
 遅々として進まない制御棒の挿入を、チヨルノブイリ原発の華奢な制御棒挿入誘導ガイドは受け入れた。しかし一秒、また一秒とそれが身体の奥深く入り込む間には、四号炉の中で高まつてゆく反応は既に堪えきれるものではない。
「はぅっ……やだ、来ちゃうぅ……イっちゃうよぉぉぉっ!」
 そして、制御棒が半分ほど挿入された頃であらうか。四号炉は遂に絶頂に達した。
 高まつていたものが一気に溢れ出したかのやうな感覚が全身を貫き、思わず四号炉の屋根は吹き飛んだ。堪えていた水蒸気圧が全て噴出すと、チヨルノブイリ原発四号炉は打つて変わつたかのように脱力した。彼女がかつて耐圧容器の中に封じ込め、決して人に見せまいと誓つていた炉心部からは、迸るような放射線が漏れ出してゐた。



 ――1986年4月26日1時23分







擬人化というものを一度やってみたかったものの、何かを間違えた。


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