2月 2日(金)
Hasahist sum.(挨拶)



 どーも。ここんとこ訳の分からない日記ばかり書いているしえさんです。
 訳の分からない内容になるからには、実際に頭の中身も軽く臨界状態なわけでして、先日も友人に「自作のアングラビデオって売れるもんかね?」どう考えても性犯罪者予備軍な事を言い出したりしておりました。
 そんな憐れなしえさんの言動に笑みすら浮かべながら、友人は一言、「スナッフムービーか何かですか?」と問い返して来る始末。
 そこは全力で阻止する場面だ


 まあ支離滅裂な日記ばかりなのもアレなので、たまには真面目な事でも書こうかと思います。
 テーマは「新訳聖書に於けるユダの役割」について。


 「イスカリオテのユダ」と言えば、悪名高き裏切り者にして、キリストを売った人非人として有名な人物であります。しえさんとてキリスト教や聖書についてさして詳しい訳ではありませんが、「ユダはなんとなく悪人」という漠然とした印象だけは持っておりました。
 しかし、よくよく考えてみると、イエスの身に起こった事は全て旧約聖書に書かれていた通りであり、預言者が記した通りのものであったはずで、つまり――ユダがイエスを裏切るという出来事それ自体が、旧約聖書に記された通りの事であり、そしてイエスがそう望んだ事であったのではないでしょうか?
 別にユダを擁護するつもりはありませんが、もしイエスがエレミヤを始めとした預言者たちの預言を成就させるために、自らを犠牲にし、そしてユダが裏切者の汚名を甘んじて受けたとしたら、それはそれで話の向きが変わってきます。


 その辺を調べるために、ちょっくら「マタイによる福音書」を読んできました。
 ルター訳を
 ――だって原文のヘブライ語は読めませんし、ラテン語は出来ませんから、自然とルター訳ドイツ語になるわけです。英語版や日本語版なんかはルター訳からの重訳ですから、資料的には可能な限り原文に近いものであるはずです。つまり日本語版より確実かと――多分。
 とりあえず、ユダの裏切りを予言するイエスの台詞から検証。26章24節。

 Der Menschensohn muss zwar seinen Weg gehen, wie die Schrift über ihn sagt. Doch weh dem Menschen, durch den der Menschensohn verraten wird. Für ihn wäre es besser, wenn er nie geboren wäre.

 確かに人の子は聖書に書いてあるとおり、自分の道を行かなければならない。だが不幸な事だ、人の子を裏切ることになる者は。彼にとってよかったのは、生まれてこない事だったのだ。


 一見すると、イエスが「何もしなくても自分で始末つけんのに、どーしてわざわざ裏切りなんてするかね。お前なんて生まれてきたのが間違いなんだよプゲラ」と言っているようにも見えますが、天邪鬼なしえさんはむしろ、勝手に行間を埋めて次のように読みます。

 「人の子は、聖書に書かれているように去らなければならないが、去らしむることになる者にとっては如何に辛い事であろうか。生まれて来ない方が良かったと思わせるほどに違いない」

 イエス・キリストの広い御心と厚い愛情を考えると、ユダを非難するような従来の解釈は到底導き出せないはずで、むしろ此処は「あー俺が死ぬのは勿論なんだけど、わざわざ預言を成就させるためだけに裏切りの役を買った奴は貧乏クジだよなァ」というイエスの憐れみの気持ちが現れているのだと思うのです。
 そして、貧乏クジを引いたユダこそは、最もその憐れみを受けるべき人間だとも思います。
 でもヨハネの黙示録だとユダはピンハネしてたよ


 次は26章49-50節です。

 49 Sogleich ging er auf Jesus zu und sagte: Sei gegrü&szig;t, Rabbi! Und er küsste ihn.
 50 Jesus erwiderte ihm: Freund, dazu bist du gekommen? Da gingen sie auf Jesus zu, ergriffen ihn und nahmen ihn fest.

 49 すぐに彼
(ユダ)はイエスに向かって歩み、言った。「ごきげんよう、先生」そして接吻した。
 50 イエスは答えた。「友よ、何をしにここに来た?」 そして人々はイエスに歩み寄り、彼を捕らえてきつく抑えた。


 まさしくユダがイエスの捕縛を手引きする有名な場面ですが、イエスの台詞が割とどうとでも解釈できる、厄介なモノなのです。
 「Dazu」はこの場合、「何のために」という意味になりますので、日本語の訳は上に挙げたようなものでも間違いではないわけです。にも関わらず――日本語ではまこと説明しにくいのですが――この場合、イエスはユダが会いに来た理由を問うているわけで、それは即ちユダが「自分に会いに来る」という目的以外の目的を持っていると看破していたということです。また、英語のWhy〜の疑問文が時として催促を意味するように、Dazu〜は「なぜ〜しないのか」という意味にも取る事ができます。
 つまり、イエスはユダに、自らを売り渡す事を求めていたのではないか、とヘソ曲がりのしえさんは勘繰ってしまうわけですね。
 そしてユダは主たるイエス様の預言を成就せんとする意志の強さにビックリ仰天、すぐさま詫びようとして銀貨三十枚をユダヤ人の祭司に付き返し、しかしそれでも助けられないと分かるや、終いには首をくくってしまいます。
 無論、異端の説というかラツィンガー氏が聞いたら間違いなく激昂するに違いないのは承知してるんですが――ユダこそは、最もイエスをキリストたらしめる事に貢献した弟子だったのではないか、と思うのです。


 まあそんな具合で、カソリックから見れば異端、プロテスタントから見れば痴れ者、アングロサクソンから見ればイエローモンキィなしえさんは、ここは一つ異端らしく、ユダの果たした役割を賞揚したいと思う所存。第一、この手の「誰にも称えられる事もなく、ただひたすらに自分の義務を果たす」という姿には、どうしても感涙を禁じえないのです。
 The Unsung Warとかな
 ……そーいや、「縁の下の力持ち」って英語だとUnsung Heroesって言うんですよね。謳われない英雄――思うに、ユダも立派なUnsung Heroなのです。
 そりゃ見た目はどうしようもない金の亡者ですが
 大事なのは心です。ハーツアンドマインズ。


 しえさんも、出来る事ならハサハにとってのユダになりたい。
 英雄志向なのか自殺願望なのかは分かりませんが。




2月 6日(火)
それは我が家のお稲荷さんだ(挨拶)



 『バイオハザード4』を買いました。中古で。
 ゲームキューブなんて結構なモンは持っていないために見送っていたのですが、PS2版が出たという事で早速入手。――いや、本当はかなり前に移植されてたんですが、ゲーム屋にあんまり通わなかったので見落としていたんですね。
 ところで、『バイオハザード』シリーズと言えばゾンビを撃ち殺すゲームであります。
 正確に言えばややニュアンスが異なるものの、端的に言ってしまえばそうなると思います。
 ですが今作の『4』からは少し趣きが変わっており、民家に押し入って住人を虐殺し、金品を略奪することが主な目的となっております。オーゥ、バイオレンス!
 相手は片田舎の農民ですが、彼らも必死こいて鎌やら斧やらチェーンソーやらを持って抵抗します。が、プレイヤーが操る主人公レオン君は容赦なく鉛弾をぶち込み、そして彼らの持つなけなしの財産を奪って行きます。
 GTAよりひでェゲームだな
 ちなみに、今までのゾンビはいくら銃弾を浴びようと大した反応は見せなかったのですが……今作の主な犠牲者たる農民の方々、思いっきり痛がります。頭なんかを撃ったりするとスペイン語で悪態をつきながらのた打ち回ります。しかしレオン君は容赦しません。村人を見つけるや否や、わざと頭を狙い撃ちしたり、ショットガンでミンチを量産したり、果ては何故か村に落ちてた手榴弾なんかを使って細切れの肉片に変えたりします。
 ――なんか説明が間違ってる、というか説明が偏ってるような気もするんですが、まあとにかくそんなゲームです。村人たちと交流をはかるべく、しえさん自身もブラウン管に向けて「カブローン!」とか「イホデプータ!」とか叫びまくってます。こう、不法入国者ヒスパニックも激怒するくらいの勢いで。
 ……こういうゲームは人間の心を貧しくさせる。いやもう十分貧しいんだけどさ。


 ちょっぴりフロイト心理学の話でも。
 ジクムント・フロイト先生の提唱した論の中に「防衛機制論」というものがあります。
 掻い摘んで言うと、これは人間が「なんで俺様の思い通りにならないんじゃムキャー!」という状況に陥った際に、現実と自我の欲求との折り合いをつける心理的な働きの事を指すそうです。
 狐が最後まで手に入れる事の出来なかったぶどうの実を「あれは酸っぱかったろうから、手に入らなくて正解だった」と言うような「合理化」をはじめとして、別の行動で失意を補おうとする「補償」など、様々な「防衛機制」が存在するといいますが、その一つに「反動形成」というものがあります。
 これは主に、人間が葛藤の中にある際に、何故か本来の望みとは真逆の行動や言動に出てしまう、というものです。
 モノの本によれば、無意識下の欲望を封じ込めようとして意識下での行動が全く反対なものになる、と説明されていますが――勘の良い方はもうしえさんが何を申したいか分かったでしょうが、そう――ツンデレは反動形成なのです
 さすがは心理学の先鋒フロイト先生、その慧眼の鋭さには驚かされます。


 ちなみに、反動形成とは主にその前段階として「抑圧」という防衛機制があり、その機能が充分でなかった場合に行われるという解釈があります。そう考えると、どうやらツンデレキャラは思い詰め過ぎであると言わざるを得ません。
 19世紀の名作『赤と黒』の主人公であるジュリアン・ソレルの性格でさえ(彼は半ば意図的なツンデレだったが)、発行された当時は「気狂いじみた性格」と評されたくらいですから、多分自然的に言えば「ツンデレ」とは異常性格なのだと思います。――というか、半ば戯画化された昨今の萌えキャラの性格なんて殆ど異常なような気もしますが。リアルじゃないというか、言ってしまえばシュールレアルですらあります。
 所詮創作の世界なんですから気にしなくてもよさそうなものですが、しえさんとしてはこう、「リアリティがない」というのはそれが世界観であれ性格設定であれ、時々我慢ならないものがあるわけです。
 手前ェの駄文はどーなんだ――というお叱りももっともなんですが。


 一言メール返信。

>モル様
 ご心配戴いてダダンケダンケ。
 MenschはMensch! と間投詞風に使うと「おい!」とか「うわ!」みたいな意味になるそうです。アメリカンの言う「メェーン」と似たようなモンですか。というか一般米語(GA)の「メェーン」の発音は腹が立って仕方が(ry
 ――ちなみに、知人のドイツ人講師は同じような用法で“Hummel”とよく言います。何だろう、フメル。

 エストニア――というとソ連邦構成共和国の一つでしたっけ? (※もう崩壊してます)
 かの国については知識が乏しくて国歌のメロディーがスオミのパクリという事以外には大した事を知らないので、役に立つような事は何もできませんが――あれ? スオミ国歌は『フィンランディア』だったっけ? 
 おーぃすぅおーみーかーっつぉー、すぃーぬんぺぁーぃばすこーぃったー

 ともあれナェゲミゼーニ(ぎこちない発音で)




2月 11日(日)
アルちゅ!(挨拶)



【死の宣告】
 「アルコール依存症で中年だから、『アルちゅ』、でいいんじゃない?」

 どーも。最近Web上でよくある「なんたら診断」というようなモノの中の「アルコール依存度チェック」なるものを試してみたところ、見事にアル中と診断されたしえさんです。こんばんわ。
 ……いや、そりゃ確かに、最近は一週間しないうちにウィスキー一本空けちゃうけどさ。取り立ててヤバい飲み方だと思ったことはないんですが、世間一般に照らすと大酒飲みの範疇に入るんですかね、コレ。入るんだろうなァ。
 最近、日記冒頭の挨拶にある種の終末感が漂ってきているような気がしないでもないんですが、まあおそらくベクシンスキーの影響でしょう。多分。


 とりあえずサモンナイトのファンタジックな世界から脱却し、現在はバイオハザードのバイオレンスな世界に入り浸っている毎日です。
 今作はシステム面でも大幅な改訂が行われていて、どちらかと言うとTPS(三人称視点シューティング)のような趣きになっています。しかし巷のTPSのように画面にカーソルが表示されるのではなく、銃本体から照射されるレーザーサイトを敵に合わせて発砲するという独特のシステム故に遠距離射撃が無茶苦茶困難という欠点を持っております。つーか遠すぎるとどこに照射されてんのか見えないし。
 その上、通常のTPSでは着弾点が画面の中央と相場は決まっておりますが、バイオ4では画面内をランダムでぐちゃぐちゃ動き回る(←手ブレの再現らしい)ために、FPS/TPS恒例の裏技である「ブラウン管中央にガムテープでマーキング」も一切通用しません。


 まあそんな欠点だらけに思えるシステムに辟易しながらもようやくクリアしたわけですが、ストーリーの方は正直どうでもいい具合でした。
 シリーズお馴染みのT-ウイルスが舞台から消え失せ、代わりに寄生虫と謎の田舎宗教、そして攻撃的な村人なんかの要素が入ってきた事からも分かるように、はっきり言って歴代バイオとは別物です。イメージとしては稀代のクソゲー『デビルメイクライ2』なんかが近いかもしれません。

 ん――待てよ?
 寄生虫――
 謎の田舎宗教――
 そして攻撃的な村人――
 ひぐらしの鳴き声


 嗚呼――しえさんは思い違いをしておりました。
 てっきりバイオ4は「バイオハザードシリーズ最新作」だと思っていたんですが、実はカプコンによる『ひぐらしのなく頃に』のメディア展開の一種だったんですね!
 内容が激しく異なってるような気もしますが、なぁに些細な事です。かつて『風の谷のナウシカ』のゲームがMSXでリリースされた際にはメーヴェに乗って蟲を虐殺するゲームになっていましたから、それに比べれば、舞台を1983年の日本から2004年のヨーロッパに移すくらい何でもありません。
 そう――つまり、『バイオハザード4』は、『ひぐらしのなく頃に』の正式な外伝なのです。
 ちなみに萌え分はバイオの方が豊富です。アシュリーとか。
 綴り見ただけで「アシュレイ」と発音するとなんだかグラーバク風味ですね。うわ。

 一言メールと私信返信。

 >ディープスロート様
 こちらこそお礼を言わせて戴きたいです。キノ辞典が斯様なまでに内容が偏向豊富になったのも、ひとえに情報提供をしてくださる皆様のおかげと存じますです。
 駄文の方も頑張って行きたいと思っております。というか殆ど日記がメインコンテンツ状態ですがw


 >Herr Inuzuka
 Vielen Dank für Ihrer Antworte!

 Tatsächlich kannte ich Ihre Website schon lange. Als Sie Über mein Werk (oder verdammter Aufsatz) schrieben, war ich floh. Es war erstmals, dass mein Werk bewertet gut wurde. Von dem möechte ich Ihnen begrüßen. Aber ich konnte mich nicht entscheiden, denn mein Deutsche ist schlecht.
 Jedenfalls, Ich freue mich schon darauf, Sie auf BBS auf Ihrer Website wieder zu sehen.

(Wie schwierig ist das, Deutsche zu schreiben!)




2月 14日(水)
われらのゲーム(挨拶)



 バレンタインです。
 基本的にしえさんには無縁な日ですが、今年だけは違いますぜハッハァ。きちんと貰いましたよ。ええ。

 モロゾフのウィスキーボンボンを
 ……下さった方曰く、「お酒好きでしょ?」とのことでした。いや、確かに酒好きだけどさ。でも周囲から、チョコの中身までウィスキーでないと気が済まない大酒飲みだと認識されていることに、どうしようもない絶望を感じました。
 絶望。つまり死に至る病です。
 自分が絶望の状態にあることを知っている絶望。それでここではひとは自分が自己(したがってまた或る永遠的なもの)をもっていることを意識している、そして絶望して自己自身であろうと欲しないか絶望して自己自身であろうと欲するか(ry


 ちなみに、神ハサハからはRausch Schokoladen GmbH製の“TOBAGO”なるチョコレートが郵送されてきました。ありがとうハサハ。でもすんげぇ苦いんですが


 鳳凰連の管理人である皇翼氏のブログで、氏が『ミルリーフのあのね』という同人誌を購入した事に狂気狂喜しておられました。

 ・そう、かんけいないね
 ・うpきぼんぬ、たのむ
 ・ころしてでもうばいとる



 何度も繰り返しますが、しえさんはハサハ主義者です。
 平和をモットーとするハサハ主義に於いては、戦って奪い取るなどという蛮行は、到底許されない行為です。著作権無視の極北とも言える同人誌画像データの共有などはもってのほかです。
 しかし、自分には関係ないとシラを切るには魅力的すぎる――なにせ件の同人誌を発行したサークルは、かつてハサハをも描いた事がある、ロリ絵に関しては比肩するものとてない稀代のサークル!
 ハサハのエロは認めないんじゃなかったんですかとなると、取るべき手は一つ。

・じばらで かう


   ……そういうわけで。




やっちまいました
 なんで本そのものと同じくらいの手数料払ってまで――俺の馬鹿馬鹿カバ馬鹿!


 自分自身に対する絶望のあまり、なんだか無性にカッパドキアに移住したくなってきたので、今日はこの辺で。
 




2月 16日(金)
テネブレ(挨拶)



【ねえ、ぼくは兵隊になんかなりたくないよ、母さん】

誠に申し訳ありませんが、以下の商品の発売日が変更となりました。

Keiichi Sigsawa (著), Kouhaku Kuroboshi (著) "Kino No Tabi 2:
Book Two of the Beautiful World"

現在、この商品は発売準備が進められている状況でございます。お客様のご
注文は、商品の発売までこのまま継続させていただきます。この商品が入荷
された時点で、Amazon.co.jpサイトの「アカウントサービス」に表示された
商品の注文内容が「近日発売」から最新の在庫情報へと更新されますので、
ご参照ください。



 見事だKonozama
 ――つーか「発売日が変更」としか書いてませんが、併せて送られてきた英語表記だと“item's release date has been postponed.”なんですよね。ポストポンってことはつまり「延期」じゃねーか! 日本語でもきちんと「延期」って書きやがれ!


 ちなみに、Amazon.co.jpによると、変更後の発売日は4月10日だそうです。本当だろうな。


▲Amazon.com(米)内のKino No Tabi 2詳細ページより



 さらなるKonozamaの予感
 ……いや、でももしかしたら、Konozama.co.jpはメリケンには無いルートを駆使し、本国での発売に二ヶ月先んじて日本国内にKino No Tabi 2を流通させる気かもしれませんね。
 考えすぎでしょうが


 落胆のあまり、カッパドキア行きを断念(※前回の日記参照)してブレア・ウィッチ・プロジェクトをキャリーアウトしたい気分です。それも単独で。




2月 21日(水)
まこと広くなり申した(挨拶)



 どうも。Hans Chenowthです。本名はジョン・タイターです。
 ちなみに2036年にはハサハ主義が世界的な規模に(ry


 戦利品。

 とらドラ! 4: 竹宮ゆゆこ
 シグルイ7: 山口貴由/南條範夫
 続・ミリメシおかわり!: ワールドフォトプレス
 ミルリーフのあのね: かぜうま


 このように、ジャンルすら統一不能な書物を一度に買い揃え、しかも読んだのですから、当然のように内容は頭の中でちゃんぽんです。
 現にChenowthの脳内では、高校生とは思えない矮躯の逢坂大河タンが梁に吊るした丸太に足を絡ませて、逆さにぶら下っていたり、ミルリーフタンと仲良くファックした後のライが大鍋で金曜カレーを調理する様が鮮明に思い出せます。
 ほかにも、厭味な性格の亜美タンをずた袋のごとく振り回す竜児とか、行方の分からなくなったポムニットのために“MIA - You are not forgotten”というプレートを掲げた一角を食堂に設けるライの――

 まあ、落ち着け


 ――すいません真面目にやります。
 えーと、まず『とらドラ!』の最新刊ですが……奇を衒った要素は何ひとつ無く、読み物としては非常に楽しいんですが、読んでると「え? 青春ってフィクションでしょ?」という厳然たる事実を再確認せずにはいられなくなるのですよ。だって、夏休みに友達同士で旅行とか現実にはねーよwww
 ……いや、若き日のしえさんが異常に人付き合いが悪かっただけなんですけどね。というか、今でも青春とか若さとかそういったモノは燃素やエーテルと同じようなモノだと捉えています。所詮幻想。
 恋愛なんてつまるところ相手をスクリーンにした自己投影にほかならn(ry
 次の『シグルイ』は――なんというか、閉門された虎眼家の門前で慟哭するを見て大爆笑してしまいました。内容はリアルでグロくて楽しいんですが、描写にリキ入れ過ぎるあまり狙ってやってるんじゃないかと思わせるような奇妙奇天烈な表情が連続。
 まあ一番オカしいのは、これで笑うことが出来るしえさんのアタマに他ならないんですが。

 『続・ミリメシおかわり!』は良本だと思います。
 前書よりも紹介されている糧食の数が少ないのがちょっぴり不満でしたが、代わりに自衛隊や米軍の給食施設について詳細な解説が為されていたので納得。特に「戦争捕虜・戦闘中行方不明者専用の食卓」の解説は貴重だと思います。
 『イリヤの空・UFOの夏』でもこの食卓について言及されていましたが、それとは細部が異なるような――空軍と海軍とで違うのかな?

 ちなみに『ミルリーフのあのね』についてはコメント不可


 雑感。
 ワタクシめは妄想を日常的に行いますが、最近はどうにもその内容の質が落ちてきているような気がしてなりません。
 例えば、最近脳内の大半を占めている妄想の一つに「ライは筆記体しか書けなくて、リシェルはお嬢様だから当然筆記体も活字体も両方オッケー。で、お姉さんぶりたい年頃のリシェルがライに活字体を教える事になってキャッキャウフフ」というものがあるのですが、キモいキモくない以前に何か大切なモノが完全に見落とされているような気がしてならないのです。
 具体的に何かと言われると、よく分からんのですが。
 こう、いちいちカップリング妄想するのにも妙ちくりんなガジェットが必要なところとか? いかにも末期的じゃないですかハッハッハァ。


 ――少し前までなら、自分の言動や行動、妄想果ては主義思想に対して「イタいなァ」と自省するだけの謙虚さを持ち合わせていたしえさんですが
 もはや痛みも感じない




2月 23日(金)
メイヘム(挨拶)



【竜の地球儀】

 「ミルリーフはね、料理に一筋なパパが好き。ミルリーフのことなんか見ないパパが好き」
 ライの後をついてゆく。



 ミルリーフそれ死亡フラグ
 というわけでどうもこんばんわ。現住所は日本有数の犯罪都市である大和市のChenowthです。
 先日もなんかブリンゲムヤング大学の卒業生らしい外人二人組に「チョットイイデスカァー?」と声を掛けられたりしましたが、まあなんとか生きております。あっちいけモルモン


 ロシア語講座。

 по-японски (Po-Japonski)

 えーと、直訳するとこれは「日本語で」という意味になります。ロシア語の固有名詞が分からない場合なんかに“Как по-японски?”と訊ねれば、もしかしたら日本語で教えてくれるかもしれませんね。
 例えば、

 А:Что это? (これは何ですか?)
 Б:Морская капуста. (モルスカヤ・カプスタです)
 А:Как по-японски? (日本語では何と言いますか?)
 Б:Конбу. (“昆布”です)

 ――ちなみに、“по-японски”というフレーズをモスクワ標準語っぽく発音するとパイパンスキーとなります。多分。
 結論――ロシア人は真理に到達している

 とか何とか言ってたら、看板娘こと同志アグリピーナから「連邦のイメージを貶めないでください!」というメッセージを戴きました。
 イズヴィニーチェ、同志。でもさ、ぶっちゃけ連邦時代のロシアってほとんどネタに近い存ざ(銃声)


 なんだか、日記がもはや日常の一場面を綴るものとしてではなく、しえさん(←実はバージェス動物群)の脳内妄想を垂れ流すためだけの舞台と化しているような気がしないでもないですね。
 というか半分エッセイみたいなものじゃないですか。何がしたいんだ俺。


 あとどうでもいい事ですが、某フラッシュの影響か"Levan Polkka"という曲がお気に入りです。延々脳内で1曲リピート。
 何度聴いても意味のある言葉に聞こえないのがステキ。さすがスオマライネン。




2月 26日(月)
Hasaha basileu epouranie,(挨拶)



 昨日の晩の話になりますが、しえさんと知人二人を交えて酒をカッ喰らいながら「ツンデレ気味の幼馴染ヒロインとニブチンの主人公」というシチュエイションがどれほど萌えるかについて話し合っておりました。
 居酒屋でこういう話をすることの是非については、改善の余地は残されていないというか是正するつもりもないのですが、問題はそこではありません。如何にツンデレと鈍感の相性が良いか、そして何故ツンデレは女性に限定されなければいけないのかという議題をアカデミックに話し合っている中、しえさんが発したこの一言です。

 「でもさ、あんまり鈍いと『鬼哭街』になるんじゃないか」

 しえさんがそう呟いた瞬間、場に居合わせた誰もが、あの愛憎渦巻く大量殺戮劇に思いを馳せ――そして言葉を発した本人たる私は、「嗚呼、ってことはライリシェにも鬼哭街みたいな展開が有り得るんだよなァ」と頭を抱えて絶望しているような今日この頃――皆様いかがお過ごしでしょうか。Hans Chenowthです。


 しえさんという人間は性悪説・ペシミズム・ニヒリズムというものに対しての親和性が非常に高いのですが、よくよく観察すると、恋愛観に関しては非常な理想主義者であるということが見てとれると思います。
 齢の事を考えるとどうにも小ッ恥ずかしい事この上ないのですが――現代至上主義・科学万能主義にどっぷりと浸かった現代日本に於いて、『恋愛』というものは未だ多大なる浪漫を秘めているものだと信じております。
 例えばしえさんが大好きなジェイムズ・エルロイの作品――これはこの世の悪徳を煮詰めたかのような犯罪小説ですが、ロスを闊歩する悪党どもでさえも、恋や愛といったもののために一命を賭す事があります。大抵あとで死ぬけど
 何物にも感動を得ることのない彼らがなぜそんな情に絆されるのか? 既に二次元とノワールの世界にスルーアウェイしてしまったしえさんが、どうして未だ純愛なんて描くのか?
 ――世界は不思議に満ちていますね。


 昨日は友人と地上波で『ローレライ』見てました。
 邦画で戦争モノというと無条件でなんか期待できないんですが、まあそこそこ名前の知られている映画なので、お酒を飲みながら(またお酒ですか)視聴開始。

しえさん「なんかドイツ製らしくない潜水艦だな」
友人「高角砲ついてないしな」
し「大丈夫なのかこれ」

 さらには、

友「あんな大口径砲で対空戦闘って出来んの?」
し「榴散弾にVT使えばいいんじゃね? 破片で落とせるかも」
友「でもあれ直撃だったぜ
し「うん」
友「そうか」

 いいから静かに観ろ
 ――というか、作品の出来を貶すことなんか誰だってできるんですから、ここは一つ誉められるようなポイントを探してみたいと思います。
 ええと……ああ、そうだ、パウラ初登場時の恰好は『フィフス・エレメント』へのオマージュですよね? リュック・ベンソンへのリスペクトが伺い知れる一幕でした。
 結論。
 やっぱ邦画の戦争映画はダメだ
 ドイツ製のは割といい線行ってるんですが――同じ敗戦国なのに、何だこの差。


 お詫び。
 前回の日記に於いてイェーヴァン・ポルカのアルファベット表記を“Levan Polkka”としていましたが、正しくは“Ievan Polkka”でした。謹んでここに訂正させて戴きます。
 ――てっきりエーヴァン・ポルカだと思ってましたよトホホ。Lってよく脱落するから。
 おふくろさん、小言は勘弁してくれ。でないと何するか分からんぜ