"Grownup Country" (原題「大人の国」)


・国

『キノの旅』に於いて、舞台とも言える「国」であるが、"Grownup Country"では一貫して"Village"という語が使われている。
表題に使われたようにCountryを用いるのが適当であるように思われるが、おそらく英語圏の人間にとってCountryという単語が表す国のイメージと、どちらかというと都市国家に近い作中の「国」との間には微妙なニュアンスの違いが存在しているのだろう。
Kino No Tabiに登場する国々は、アメリカ人からすると植民地時代の個々に孤立した町や村のイメージに近いのかもしれない。


・×××××

「大人の国」では、幼い頃のキノの名前は一貫して「×××××」という五文字で表されている。が、"Grownup Country"では英文にありがちなダッシュやアスタリスクの使用に頼ることなく、キノに"Little flower"という綽名を設定することによって、本名を明かすことなくきちんとした呼称を与える事に成功している。


・あと三日です

壁の張り紙。"Grownup Country"では'Three more days.'という表現になっている。
「大人の国」で使われた「あと三日です」という表現が、迫り来る手術の日に対する潜在的な忌避感を漂わせていたのに対し、Three more days. だと「あと三日待てば手術の日が来る」といったある種の期待感を読み取る事が出来る(「あと三日です」を直訳すればThree more left. 程度の表現になるだろう)。手術を受ける事は人間として不可欠で、至上の喜びであるという国の価値観がここではよく表れている。


・スクラップヤード

旅人キノがエルメス再生に着手した二日目、幼い頃のキノは昼頃にその様子を見に行く。何をしているのかと問われて、旅人キノはこう答える。

"I'm mending this motorcycke. I asked if I could buy it, but your father said it was an old piece of junk and I could have it if I wanted."
「モトラドを修理してるんだよ。もしよかったら売ってくれないかって君のお父さんに訊いたら、それは古いガラクタだから、欲しければあげるって」


言うまでも無く、「君のお父さん(Your father)」とはキノの父親の事であるが、『キノの旅』に於いて旅人キノにガラクタを扱う事を許したのが誰であるかは明記されていない。しかし、此処でははっきりとキノの父親によって許可を得たと書かれている。
ホテルの裏にゴミを積み上げておくのはどうかと思うよパパ。


・夢

両親がキノの死体から包丁(何故かKino No TabiではCarving knifeと訳されている)を引き抜く際の描写に、語り手である現在のキノの夢に関する言及がある。

With a horrible sucking sound that I still hear some nights in my sleep, the knife slid out of Kino's corpse.

今でも時折夢で聞く、ずちゃっという恐ろしい音と共に、キノの体からナイフが抜け出て、


『キノの旅』に於いては、キノが先代キノの死に対して感傷的な回想をする事はほとんど無い。しかしKino No Tabiにあっては、死んでしまったキノについて思い返す場面が何度か登場する。
おそらく、アメリカではトラウマを抱える主人公が受け入れられやすいという事情も作用しているのだろう。


・ラスト

「大人の国」では、最後に「キノとなったキノ」が彷徨い、森の中で老人に出会うといったエピソードが短く語られるが、"Grownup Country"にはそれがない。
ただ次の一文があるだけである。

So, we began our travels knowing nothing, least of all where we were going.

そして、何の知識もないままに、わたしたちの旅は始まった。どこへ向かうのかすらも分からずに。


何度も言うが、Kino No Tabiは長編として編集されていて、"Grownup Country"はその第一話という位置づけである。それ故に、こうした終わり方をさせざるを得なかったのだろう。


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