"Three Men on the Rails" (原題「レールの上の三人の男」)


他のKino No Tabi収録作品に比べると、原作からの大幅な改変は少ない方である。
それだけ原作である「レールの上の三人の男」が洗練されているということだろう。


・方向感覚

「レールの上の三人の男」の冒頭で森が嫌いだとこぼすキノとエルメスのやりとりに、"Three Men on the Rails"では若干の変更が加えられている。

"In a forest, it's very easy to lose your sense of direction. You might think you're headed west, but suddenly you realize you're actually going south. You can't see the sun."
"You have a compass, Kino."

「森の中だと、簡単に方向感覚を失くしてしまう。西に向かってたつもりが、気づいたら南に向かってたとか。太陽が見えないからだよ」
「コンパスがあるじゃないか、キノ」


エルメスの一言で台無しである。
ちなみに「レールの上の三人の男」のこの箇所のキノの台詞は次の通り。

「森の中だと進むべき方角を簡単に間違えやすいからさ。西に進んでいるつもりで、いつの間にか南を向いてたりする。太陽が見えないのも辛いね」

「進むべき方角」という単語が「レールの上の三人の男」ではそれなりに重要な意味を持っていたが、"Three Men on the Rails"では単に'Sense of direction'と訳されているために、その意味を失ってしまっている感がある。
まあだからといってこの短編自体の雰囲気が変わるわけでもないのだが。


・ここはベトナムか?

さらにキノは、森が嫌いだという理由を次のように述べる。

And the forest perfume―tree and earth―it's like incense in a shrine. You fall into a state of...prayer."

「それにこの森の匂い――木と土の――まるで神殿で焚かれてるお香みたいだ。まるで……お祈りをしてるような気分になるよ」


ここも原作には無かった箇所である。
こう述べる時のキノの調子があまりにも心ここにあらずな状態だったので、エルメスは次のように呼びかける。

"Hello," said Hermes. "Places to go. People to meet."

「おーい」と、エルメスが言った。「僕らには行くべき場所があるし、会うべき人たちがいる」


"Places to go, People to meet."については、筆者の稚拙な語学力では正確に訳出する事ができないが、英語では往々にして'I have places to go, people to meet, and things to do.'といった表現を見かける。ネイティヴに訊ねたところ「端的に言えば、忙しい時に急かす表現」だそうだが、ここではエルメスが「早く行こう」という意志を表すためだけに、敢えて大仰な表現を使ったにすぎないのかもしれない。
それにしても、作品のテーマが「旅」ということを考えると、なかなか面白い言い回しだと思う。


・おじさん達

「レールの上の三人の男」に登場する老人たちは、いずれも如何にも労働者といった風に、粗雑だが温かみのある喋り方をする。
これが"Three Men on the Rails"に於いてどのような表現が用いられたかといえば、有体に言えば南部出身のプアホワイトみたいな文法が使われている。
例として、一番目に登場した男の台詞を抜粋する。

"Nope. Had me a wife and child at the time, and I wanted to make sure they had enough to eat. Don't know what happend to'em. Should be getting my wages, though. So they ought to be living comfortably. I expect I have grandchildren by now. Maybe even great-grandchildren."

「いんや。そん時ゃ女房と子供がおったから、あいつらにきちんと食わせてやりたかった。今どうしてるかは知らん。だがわしの賃金を受け取ってるはずだ。生活には困っとらんだろう。今頃は孫も出来てるんじゃないか。もしかしたら、曾孫まで」


'Nope'というのは英語のスラングの一種で、'No'よりもくだけた言い方になる。日本語に置き換えれば、「いいえ」を「んにゃ」とか、そういった風に発音するようなものか。'Wege'とは給料を示すが、'Payment'などに比べると日雇いの労働者が受け取る日給のようなイメージが強い。
また、男の文法には明らかな特徴がある。主語の省略や、主語と動詞の倒置、また不正確な格変化といった部分である。
どちらかというと「学のない」言い回しではあるが、これは原作の台詞の持つ雰囲気を再現するためには必要不可欠なものであったのかもしれない。



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